フィジーで出会った女性 その二 

ディナ (ウクライナ-フィジー-オーストラリア)

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南太平洋大学の住宅には大学の教師、生徒、会議の参加者などが、数日間、数週間、数か月間滞在し、去っていきます。世界の様々なところからそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ人々がやってきます。

ウクライナ出身のディナは一年間の語学コースで英語を習っていました。オーストラリア人の夫とオーストラリアで一緒に住むためのビザの手続きを待つ間、フィジーに滞在していました。最初のビザの申請が却下され、オーストラリアを出国せざるを得ず、フィジーで裁判の進展をたどっているところでした。

夫のニルとその両親はオーストラリアで弁護士を通じて裁判を進めていますが、あまりうまくいっていないようで、ディナはいつも心配で落ち込んでいました。ロシアの当局とオーストラリアの入管から要求される書類、それを取り持つ弁護士の態度など、いろんなことがディナを不安にします。二人は毎日スカイプで話し合いますが、慣れない外国語で、時々うまくつながらないスカイプで、重要な詳細を話し合うのにとてももどかしい様子でした。

ディナはウクライナの大学で農業経営を学び、農協で仕事をし、母親の家の果樹園の世話もしていました。ディナの町はキエフからバスで約一時間ほどです。息子が一人いますが、先夫とは暴力のために離婚しました。一方、ニルはオーストラリアのクイーンズランド州で大規模な農業を経営する農夫です。ニルは、「結婚して隣の家が数キロも離れているような田舎で農業をやりたいというオーストラリアの女性などいない」ため、一人で農場で働いてきました。二人はディナがウクライナにいるときにインターネットを通して知り合いました、二人とも50代です。やはりインターネットで知り合い、結婚し、今はシドニーで生活するウクライナ人女性とオーストラリア人男性のカップルも二人を後押ししました。

ウクライナの政治状況もディナを心配させました。2014年2月、キエフでは政府と広場で政府に抗議する市民との対峙が暴力に発展していました。

ウクライナにいる姉や息子とよくスカイプで話していました。心配な状況の中、最近息子さん夫婦に生まれた子供の話題がディナを笑顔にします。

庭で育てていたイチゴや様々なベリー、ハーブ、バラの話、大学卒業の時のクラスメートとの写真、フィジーで作るナスのサンドイッチや大根のサラダ。誕生日には自らクラスメートにケーキをふるまっていました。

農業で忙しいニルも何度かフィジーにやってきてディナと数週間過ごしました。フィジーは二人にとって、特にウクライナから来て、夫のいるオーストラリアに入れないディナにとっては、期限付きの避難所のようなところなのかもしれません。夫と共に暮らすことをあきらめなければならないかもしれない不安、ウクライナに戻ることになるかもしれない不安のなかで、ビザがうまく取れることを願うだけです。

英語のコースが終わり、フィジーのビザの期限が近づき、パスポートの更新時期も迫っていたため、ディナはいったんウクライナに戻ることになりました。ウクライナに海外から戻るときは空港を出る時から強盗などの危険があり、バスで田舎に戻るのは危険なため、ディナは帰国したくありませんでした。何より、夫のいるオーストラリアから遠く離れるのですから、いろんな不安があったことでしょう。

ウクライナにいるディナから、姉のところに滞在し、息子や孫とも会い、パスポートも更新した、との連絡がありました。間もなくオーストラリアの夫のもとに行くとのこと。

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無事にオーストラリアに到着し、ついに夫とともに田舎の農場で新しい生活を始めたディナからのメールは、大きなトカゲが出たとか、何かの動物が家に入ってきたとか、クリスマスでメルボルンの夫の両親とクリスマスを過ごしたとかで、ディナの笑顔が思い浮かびます。

一番うれしいことに、ディナのビザのプロセスがうまくいき、パートナービザが取れ、運転免許証も所得したとのこと。トラクターを運転して農場を手伝っているそう。農作業のかたわら庭を手入れし、アプリコット、桃、プラム、レモン、オレンジなどを植えました。ディナの庭には、昔のウクライナのお母さんの庭のように、いろんな木や花が育っているようです。

今は「落ち着いて、とても幸せ」なディナですが、ウクライナの状況は安定せず、今も姉や息子家族のことを心配しています。

 

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内陸の村の暮らし

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女性福祉省と法律サービスのスタッフと村に行ってきました。今回は四日間、ナイタシリ県の内陸の村を回ってきました。川の支流がたくさんあり、フィジー最大のダムがあります。今回訪れた中でも一番遠くのナサバ村の生活を紹介します。

首都のスバから車で約一時間、ナイタシリ県の町ブニダワに着きます。町役場、郵便局、病院、よろづや約二件の小さな町です。そこからさらに4WDで約一時間山道を行くと、車が入れる最後の村、サワニクラ村に着きます。公共のバスもこの近くまで来ます。

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ハイキングはここからです。荷物はレンタルした馬二頭にお願いして、一行は河原を山に向かってスタート。この川の上流に村があるのですが、道はありません。川を何度も横切って、こっち側あっち側、ゆるいがけを上って下りて、進みます。川の流れは速く、しっかり踏ん張って進まないと足をとられそうです。水は透明で、底の石がきれいに見えます。

途中に小学校があります。子供たちは毎週末この川を渡って家に帰り、また学校に戻ってきます。河原には牛、馬、豚が放されていて、カサバ芋を植えた畑もあります。

 

川を20回以上渡り、2時間半歩いたところで、目指す村が現れました。村の前は川、後ろは山です。川のさらに上流にはもう一つ村があります。

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家はトタンぶきで構造はとてもシンプルです。土間とひと部屋、床にはわらを敷きその上にござをかぶせてあります。この床に座り、ご飯を食べ、寝ます。いすもテーブルもありません。ドアに鍵のかからない家もあり、犬や鶏が入ってきたりもします。キャンプみたいな気分です。

昼食には、川からとってきたばかりの芹とふかしたカサバ芋をいただきました。しばらくすると大雨、トタン屋根に落ちる激しい雨音で他には何も聞こえません。それでも、福祉サービスを申請するために、隣の村から何人か、雨の様子を見ながら、川を渡って歩いてきました。雨の中大変だったんじゃない?と尋ねると、「うーん、川をわたって15分ぐらいよ」とのこと。川は増水して歩くのは大変だったはずです。

集会所は発電機で電気をつけるので、何とか暗くはありません。各家はソーラーの電球一つです。夜になれば寝るということです。水はダムがあるので水道がつかえますが、村ごとに村長さんが管理するので、水道は夜8時にストップ、朝8時までありません。朝早くに子供たちが川で歯磨き、水浴びをしています。料理をするのは焚き木の火です。焚き木の火で沸かしたお湯で入れたお茶は格別で、ガスや電気ポットで沸かしたお茶とは断然違います。

村の朝は白い霧のかかる中、外でまきを割る音、子供たちがバレーボールで遊ぶ声がします。

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電話回線はなく、携帯電話のシグナルは村のところどころで拾えるようです。もちろんテレビもインターネットもなく、ラジオも各家にはありません。新聞は町を往復するバスが持ってきますが、そのバスまでは川を渡って徒歩二時間以上です。病院と警察は村から徒歩二時間半ののちバス一時間超のブニダワ町にありますが銀行はなく、首都のスバまで出ないと利用できません。

nasava15_041116-800x533妊娠九ヶ月の若い女性は、動ける今のうちに村を出て、(徒歩、馬、どちらにしても移動は楽ではありません)町で出産するようすすめられていますが、村にとどまり、先輩ママさんの助産で自宅出産を希望のようです。

昨年通学途中に大怪我をした息子さんを毎月スバの病院まで連れて行くお母さんは生活保護の申請を考えています。生活保護は月額F$50(約2600円)、さらにF$50の食料引換券もついてきますが、引き換えるにはブニダワ町まで行かなければなりません。

私たちの帰り道(川)はゆうべの大雨で増水し、流れも速いですが、水は澄んで、空は晴れています。それでも天気が心配なので、やや急いで、また二時間半かけて、川を数え切れないほど横切り、ふもとのサワニクラ村まで戻りました。

無事戻ってきたのもつかの間、村の集会所でサービスの紹介を始めたころ、激しい雷雨になりました。集会所を一歩出ると村全体が浅い川のよう。ざぶざぶ横切り、本来の川のところまで来ると、橋は濁流に飲まれてしまっていました。なんと雷雨の中、村の人総出で、私たち一人一人と荷物を一つ一つ抱えて渡るしかありません。深さが腰上まである濁流をなんとか渡り切り、みなずぶぬれで車にたどり着きました。

ここからブニダワ町に戻る山道は車で約一時間、濁流で見えなくなった橋を渡り、倒れ掛かっった電柱をかわし、ところどころで入るラジオを聴きながら到着。この雷雨では、上流にある小学校やナサバ村はどうなっているのでしょう。水が引くまでは川沿いは歩けないことでしょう。

今回四日間で、16の村からの250人にお会いし、生活保護、福祉年金などの申請書が30件提出されました。

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Kai or カイ

20161011_150354-800x480フィジーでは川で取れるアサリのような貝を食べます。そのままゆでたり、カレーにしたり、ココナツミルクで煮たり。市場では大きさによって一山4から10フィジードルで売られています。フィジー語で「カイ」といいます、日本語の「貝」と関係あるのかどうかはわかりません。

People in Fiji eat freshwater mussels. They like boiled ones, cooked in curry or coconut milk. It is sold at local markets, at F$4-7 a heap, depending on the size. It is called kai in Fijian.

img_7828-800x533カイは村の女性が川に潜って集めます、ということは聞いていましたが、実際どうやってとるのか、ナドカイカ村の女性を訪ねました。海から約30キロ上流のレワ川沿いにあるナドカイカ村では、女性たちがボートやいかだで川に出ます。小さいころからおばあさん、お母さんに習って始めるので、みなベテランです。結婚を機に夫の村で始める女性もいます。ほぼ女性のみがカイ漁に従事するそうです。

I learned women glean kai in the river, but was not sure exactly how. I visited Nacokaika village to find it. The village is located along the Rewa river bank, around 30km upstream from the sea. Women launch a boat or a raft to the river and dive. Some women have been engaging in kai gleaning since they were children leaning from their grandmothers and mothers and some started when they married to men in the village. It is mostly a women’s job.

img_7848-800x533装備はシンプルです。長袖長レギンス、灰と油を混ぜたペーストを塗って顔を保護し、ゴーグルをつけ、小さなかごを持って潜ります。背の立たないところにも潜り、一息で川底からカイを拾い、かごに取ったカイをボートに揚げます。一回(一日)の漁で米50キロの袋一つ半ほど取るそうです。養殖はなく、自然のカイです。女性たちはこれを町の市場で売り、約70から100フィジードルの収入になります。

Women wear long-sleeve shirt, long leggings and a goggle, covering their face with a mixture of ash and oil. They anchor in a spot deeper or shallower than their height and dive with a small basket. They dive for a breath and come back to the boat with the basket filled with kai. After a few dives, they move to another spot. They glean one to one and half sack of kai a day and take to Suva and Nausori markets, which earn around F$70-100.  All kai are a gift from the nature.

カイは家族にも村にとっても大きな収入源です。シングルマザーのミリカさんに、カイ漁のいいところをたずねると、「私一人で二人の子供を育て、学校にやることができるんですよ」、とのこと。村の女性グループのメンバーはカイ漁の収入を投資し、トラックを購入、村人たちに貸し出し、そこからまた収入を得ます。トラックの名前は「ワイブタ ニ カブレカ」カイを煮たときの湯気の意味だそう。

Kai is a major source of income for their families and village. “I am able to send my two children to school through gleaning and selling kai all by myself”, said Milika. Women’s club of the village invested in a truck which they rent out to villagers. The truck is named ‘Waibuta ni kabuleka’, meaning steam from boiling kai.

img_7898-800x533カイ漁の大変なところは、寒い季節に冷たい川に潜って体調を崩すこと、ルシアナさんは、いいます。フィジーは寒い季節は20度ぐらいになり、日差しもないときには川の水も冷たいことと思います。川辺で火を焚き、潜るたびに火のそばで温まりまた潜ります。ルシアナさんは大ベテラン、川に出るのも年とともにきついだろうなあ、なんて心配したそばで、力強く船を漕ぎ出すと、ぐいぐい櫂を操り、あっという間に向こう岸に着き、人を乗せてまた戻ってきました。恐れ入りました。

Kai gleaning is also a hard job, particularly in cold season. “We sometimes get sick when the river is cold in cold season,” said Lusiana. It can be around 20C degree in cold season in the region in Fiji and the river water must be cold when no sun. They make a bonfire on the bank and warm themselves between their dives. All women look very fit and strong.

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