Kai or カイ

20161011_150354-800x480フィジーでは川で取れるアサリのような貝を食べます。そのままゆでたり、カレーにしたり、ココナツミルクで煮たり。市場では大きさによって一山4から10フィジードルで売られています。フィジー語で「カイ」といいます、日本語の「貝」と関係あるのかどうかはわかりません。

People in Fiji eat freshwater mussels. They like boiled ones, cooked in curry or coconut milk. It is sold at local markets, at F$4-7 a heap, depending on the size. It is called kai in Fijian.

img_7828-800x533カイは村の女性が川に潜って集めます、ということは聞いていましたが、実際どうやってとるのか、ナドカイカ村の女性を訪ねました。海から約30キロ上流のレワ川沿いにあるナドカイカ村では、女性たちがボートやいかだで川に出ます。小さいころからおばあさん、お母さんに習って始めるので、みなベテランです。結婚を機に夫の村で始める女性もいます。ほぼ女性のみがカイ漁に従事するそうです。

I learned women glean kai in the river, but was not sure exactly how. I visited Nacokaika village to find it. The village is located along the Rewa river bank, around 30km upstream from the sea. Women launch a boat or a raft to the river and dive. Some women have been engaging in kai gleaning since they were children leaning from their grandmothers and mothers and some started when they married to men in the village. It is mostly a women’s job.

img_7848-800x533装備はシンプルです。長袖長レギンス、灰と油を混ぜたペーストを塗って顔を保護し、ゴーグルをつけ、小さなかごを持って潜ります。背の立たないところにも潜り、一息で川底からカイを拾い、かごに取ったカイをボートに揚げます。一回(一日)の漁で米50キロの袋一つ半ほど取るそうです。養殖はなく、自然のカイです。女性たちはこれを町の市場で売り、約70から100フィジードルの収入になります。

Women wear long-sleeve shirt, long leggings and a goggle, covering their face with a mixture of ash and oil. They anchor in a spot deeper or shallower than their height and dive with a small basket. They dive for a breath and come back to the boat with the basket filled with kai. After a few dives, they move to another spot. They glean one to one and half sack of kai a day and take to Suva and Nausori markets, which earn around F$70-100.  All kai are a gift from the nature.

カイは家族にも村にとっても大きな収入源です。シングルマザーのミリカさんに、カイ漁のいいところをたずねると、「私一人で二人の子供を育て、学校にやることができるんですよ」、とのこと。村の女性グループのメンバーはカイ漁の収入を投資し、トラックを購入、村人たちに貸し出し、そこからまた収入を得ます。トラックの名前は「ワイブタ ニ カブレカ」カイを煮たときの湯気の意味だそう。

Kai is a major source of income for their families and village. “I am able to send my two children to school through gleaning and selling kai all by myself”, said Milika. Women’s club of the village invested in a truck which they rent out to villagers. The truck is named ‘Waibuta ni kabuleka’, meaning steam from boiling kai.

img_7898-800x533カイ漁の大変なところは、寒い季節に冷たい川に潜って体調を崩すこと、ルシアナさんは、いいます。フィジーは寒い季節は20度ぐらいになり、日差しもないときには川の水も冷たいことと思います。川辺で火を焚き、潜るたびに火のそばで温まりまた潜ります。ルシアナさんは大ベテラン、川に出るのも年とともにきついだろうなあ、なんて心配したそばで、力強く船を漕ぎ出すと、ぐいぐい櫂を操り、あっという間に向こう岸に着き、人を乗せてまた戻ってきました。恐れ入りました。

Kai gleaning is also a hard job, particularly in cold season. “We sometimes get sick when the river is cold in cold season,” said Lusiana. It can be around 20C degree in cold season in the region in Fiji and the river water must be cold when no sun. They make a bonfire on the bank and warm themselves between their dives. All women look very fit and strong.

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フィジーで出会った女性 その一

ミティ (バングラデシュオーストラリアフィジーニュージーランド)

フィジーは南太平洋の国々の交通、運輸、経済、教育の中心で、南太平洋地域への玄関でもあります。私が滞在する南太平洋大学の住宅には大学や研究機関のスタッフなど、さまざまな人がやってきます。

ミティ・パラブ夫妻が私の住んでいる大学の住宅MQ7に到着したのは夕飯も終わったころの夜でした。バングラデシュからオーストラリア経由でフィジーのナンディ空港に到着し、そこから島の反対側にあるフィジーの首都スバまで約4時間タクシーに揺られて来ました。

ナンディはフィジー観光の基点、ほとんどの国際線がここに発着します。首都のスバへはナンディから飛行機か、バス、タクシーを利用します。

翌朝、キッチンで顔を合わせると、ミティがここまでの長旅について話し出しました。飛行機に預けた荷物が届いていなかった、ナンディからの道中、車窓から見るフィジーは明かりもなくただ真っ暗で、とんでもないところにきてしまった、到着後、夕飯を探して外に出てみると、マクドナルドがあったので少しほっとした、夫のパラブはオーストラリアで博士課程を終え、フィジーの大学の仕事を得て二人でやってきた、二人ともバングラデシュのダッカから来た、などなど、おしゃべりが始まりました。

ミティはインドのバンガロールで大学に通っているときに結婚のためダッカに呼び戻され、結婚式の前日、夫となるパラブに初めて会いました。結婚式後、大学に戻りたかったものの、夫がオーストラリアの大学院で学ぶため、ともに出発しました。オーストラリアの大学院を修了し、雇用の機会を得て、移住する計画です。

オーストラリアではスーパーマーケットのマネジャーの仕事をしていたミティは、その生活に比べると、フィジーのキャンパス生活は退屈、といいながら、夫が仕事の間は水泳教室にいったり、仕事の後は二人でウォーキングに出かけたり、活動的です。ミティは白い肌が自慢でしたが、フィジーでは、難しいようです、スカイプごしのダッカのお母さんに「日焼けして誰かわからなくなった」といわれ、がっかりしていました。

料理は嫌い、毎日なんてやってられない、といいながら、いつもキッチンに立って、おいしいものを作っていました。バングラデシュで食べていた川魚と似た魚をスバの市場で発見し、毎土曜、夫のパラブが市場に出かけ、魚と野菜と果物を山ほど持ち帰り、下ごしらえし、ミティがそれをカレーにします。市場での買い物と洗濯は夫の担当です。

スバのバングラデシュ人コミュニティーは子供も入れて60人ぐらい、その一員として、毎月持ち回りで行われるパーティーにも参加します。家ではTシャツ短パンの彼女もそのときはばっちりメークにアクセサリーキラキラです。どの国にいても「コミュニティー」に参加することになり、そこのメンバーからバングラデシュにいる知人親戚までうわさがすぐに届いてしまうので、気をつけないといけないそうです。ミティ曰く、「家の中でさえ短パンなんかはいているのを見られたらとんでもない」。コミュニティーを招待する担当が回ってきたとき、偶然うちでは断水で数日間水が出なく、ミティは泣きそうなっていましたが、それを見てパラブは笑っていました。

パラブがフィジーの大学で教えている間、ミティは途中だった大学を修了すべく、シドニーへ移りました。専攻はマーケティングです。期末試験後フィジーに帰ってきて数週間過ごし、またシドニーに戻ります。

その後、パラブはまだ契約途中でしたが、ニュージーランドの大学の職を得て、フィジーを去りました。ニュージーランドの南の地方都市で、バングラデシュのコミュニティーもなく、「スパイスも売っていないようなところで、どうやってやっていくんだろう」、と不安がっていましたが、フィジーに溶け込んでいった二人なら、心配ありません。フィジーに遊びに来るかと聞くと、たぶんこない、とのこと。今頃はミティも大学を終え、パラブに合流して地元になじんでいることでしょう。

二人ともヒンズー教徒、バングラデシュではマイノリティーです。ヒンズー教徒の女性は誘拐されムスリムの男性と結婚させられるというような危険もあり、バングラデシュでは何かと生きづらい、と感じました。そのせいもあってヒンズー教徒の家族同士で若者の結婚をお膳立てします。

バングラデシュのオフィスからフィジーに派遣されてきたムスリムの同僚曰く、「バングラデシュでヒンズー教徒が危険な思いをしているなんてことはない、バングラデシュから出たい人たちはそんな言い訳をするのだ」、とのこと。

バングラデシュはイスラム教徒約89%、ヒンズー教徒約10%、ブロガーらが連続して殺されたり、アムネスティインターナショナルのレポートよると、過激派ムスリムによるヒンズー教徒、少数民族、人権活動家や非宗教家らに対する暴力が起きています。誘拐結婚もキルギスタンなどでよく聞きますから、バングラデシュでもあるのかもしれません。(宗教を利用した暴力はイスラム教に限らず、ターゲットもさまざまですが。)

ちなみにフィジーでは、2007年世論調査によると、クリスチャン64.4%、ヒンズー教徒27.9%、イスラム教徒6.3%となっています。大英帝国支配を起源に、南アジア出身のフィジー人の人口は40%弱。

img_0746-705x800ミティ・パラブ夫妻はバングラデシュに戻って暮らそうとは考えていません。国連のデータによると、バングラデシュ出身の家族やその2世3世ら子孫(ディアスポラ)の人口は89カ国に780万人(2013)いるそうです。多くがインド、中東で、オセアニアに移住するバングラデシュ人は少数派のようです。

http://www.bpb.de/gesellschaft/migration/laenderprofile/216104/international-migration-from-bangladesh

ちなみに日本人ディアスポラ人口は推定350万人だそう、バングラデシュの半数以下。http://www.jadesas.or.jp/aboutnikkei/index.html

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